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スペイン、アリカンテ大学

 初めまして、水産学部国際食料資源学特別コースの紀平任益(きひらたくみ)です。2017年8月末から2018年7月にかけてスペインのバレンシア州南部のアリカンテというところに留学していました。(ビザが7月末まで有効だったこともあって留学期間が事実上終わってからも延長戦に突入しましたが)ここではアリカンテの紹介、大学紹介、留学前半、クリスマス休暇、留学中半、イースター休暇、留学後半、その後の順に徒然に紹介します。

Alicante/Alacant

 スペイン語名では左のアリカンテ(Alicante)、バレンシア語名では右のアラカント(Alacant)になります。バレンシア州南部に位置しており、首都マドリードからは高速列車AVEで2時間(途中停車駅なしの運用)から2時間45分、準高速列車ALVIAでは2時間50分、高速バスで5時間です。筆者はまず飛行機でバルセロナに到着したのでそこから準高速列車EUROMEDでアリカンテまで5時間かけて南下しました。特急列車TALGOでは6時間から7時間、高速バスでは8時間かかります。空路ではマドリードとバルセロナからそれぞれ1時間前後で、他にイギリス、フィンランド、オランダ、デンマーク、ロシア、アルジェリアなどからの直行便があり、アリカンテ・エルチェ空港はスペイン国内で3番目に忙しい空港だそうです。

 都市規模はバレンシアやバルセロナなどには劣りますが穴場リゾートである故に欧州各地から多くの観光客が訪れます。豊富な海岸、旧市街、歓楽街など観光資源が豊富ですが中でも外せないのは岩山の頂上にたつイスラム勢力下の時代にできたサンタバルバラ城、アリカンテの沖合にある海洋保護区で知られるヌエバタバルカ島でしょう。ヌエバタバルカ島はスペインで最初に海洋保護区に指定された場所でPosidonia oceanicaと呼ばれる海草の群落があります。また、2m近くあるクエやセミエビなどが豊富におり、生物相は豊かです。

 物価ですが基本的に安いです。野菜を1㎏買っても200円超えることは滅多にないです。中央市場に行けば魚も肉も1㎏買っても1000円超えないことは珍しくはありません。日本で高値で取引されるムール貝に至っては1㎏あたり概ね600円から700円です。アリカンテ中心部に住んでいたこともあって家賃は月325ユーロでしたが食費を鑑みると毎月8万円の奨学金で旅行もできてしまうくらいです。中でも常連になるとさらに500g分のおまけをつけてくれる店(特に中央市場内)もあったので冷蔵庫は常に賑やかでした。

サンタバルバラ城の一角

アリカンテの街並み

アリカンテの街並み(内陸側)

Universidad de Alicante

 大学は厳密には隣町のサン・ビセンテ・デル・ラスペイジュというところにあり、アリカンテ中心部からバス/市電で20~30分かかります。空港跡地を丸ごとキャンパスにしているのでとにかくだだっ広いです。さらには管制塔などが残っており、空港の名残がいたるところででみられます。緑も多く、天気がいい日はよく外でシエスタをしてました。時々起きたらカモのヒナが靴をつついていたりということもありましたがここのカモは妙に人懐っこいです(笑)。食堂は複数あり、中でも理学部の食堂が私のお気に入りでした。

アリカンテ大学のシンボル?

キャンパスがクール!

留学前半

 始まる前からすでにハプニングだらけ、6月に大使館に行って間に合わない可能性が浮上したり間に合ったものの経由地の香港が台風の直撃で飛行機は遅れ、バルセロナに着いても予約した列車は既に出発し、アリカンテ到着が結局1日遅れるという有様でした。さらに悪いことに予定していなかったバルセロナ宿泊の後、市内のメトロを降りるや否や盗難に遭ってしまったものですから本来なら落ち込むところですがここで保険の出番ですね(笑)。

 こうして留学は波乱に満ちたスタートを切ったわけですが、いざ授業が始まれば脳は悲鳴を上げます。今回の留学に語学コースがそもそも入っていないため、ぶっつけ本番でスペイン語でしか行われていない専門科目を受講したのですがさっぱり分かりません(笑)。前期は2科目を受講しましたがされども2科目です。スペイン語のレベルが未だBにすら到達していないまま強行して4年次の授業を受講するなんて今思えば無謀な判断だったかも知れません。特に演習科目はグループプロジェクトなので追いつけなさ過ぎて常に頭痛でした。もう片方は水産生物学で、幸運なことに英語の資料もいただけたのでそれは助かりました。こうして手探りでもがくような大学生活が始まったわけですが、留学先で所属していた理学部海洋科学科に自分以外の非スペイン語圏留学生は当時いませんでしたのでとても目立つ存在になってましたね…..しかも10月中半から包帯を巻いた状態で欠席を繰り返しつつ登校してたのでなおさらです。(白状すると交通事故に巻き込まれて大怪我をしてしまいました…..改めて保険があってよかったと思いましたね)

 大学の外ではと言うと大学に斡旋してもらったシェアアパート(家賃325ユーロ、電気水道ガス込み)でパナマ系アメリカ人とドイツ人と暮らしていました。我々はすごく仲が良く、授業が終わるとよく3人で近場のビーチに出かけたり知り合いのパーティーに行ってたりしてました。他の知り合いからはルームメート同士がここまで仲がいいことがあるのかとよく驚かれましたがそれくらい仲が良かったんです(笑)。挙句に12月になると南部のアンダルシア州へ我々3人+2で旅行しました。大怪我して日常生活に支障が出たときも色々手伝ってもらった、日ごろの悩みも聞いてもらったりしたのでよきルームメート、いやもはや家族でしたね。2人とも前期のみだったので別れがつらかったです。とか言っておきながら一人で勝手にどこか行ってしまう筆者でもあるわけで、アンダルシア州を回ったその直後にルームメートを置き去りにしてカナリア諸島へ渡ったわけです。授業のない日が思いの外多かったので旅行などがしやすかったですね。

アンダルシア州コルドバ

カナリア諸島テネリフェ島北西部

 家族や大学の先輩も遊びに来てくれました!なかなか日本語を使う機会がないのでたまにはこうして発散するのは大切です(笑)。それと、ガイド目線で回ってみると実に発見が多いものですし、何といったって単純に来てくれることは嬉しいイベントなんです。

クリスマス休暇

  12月20日に前期の授業が終わるとルームメートの内の一人が間もなく帰国だったので別れを告げてそのまま深夜バスでマドリード空港へ向かいました。クリスマス休暇の始まりです。

 休暇中は年明けまでは親戚のいるハンガリーで過ごしました。なので旅というよりは帰省の方が近いかも知れません。ハンガリー式に鯉を焼いてクリスマスディナーにしたり大晦日はイノブタ肉を食べて幸運を祈願したり、年が明けるとシャンパンで祝って広場で群衆と踊ったりそれは楽しかったですし、ハンガリーの親戚と年末を過ごすのが長年の夢だったので感無量でした。それにしてもその日は新年祝いの花火に紛れて鶏の雄たけびが甲高く響いていたのが印象的でしたね(笑)。これが終わるとトビタテで留学している先輩のいるデンマークの人口25人の島に寄り道してアリカンテへ戻りました。

留学中半

 休暇が明けるとまずは前期の期末試験です。結論から言うと一科目見事に落としてしまいました。もう片方はと言うとなんと見事にAを取りました。この衝撃的な前期の結末で言葉を失っている間に後期の授業開始まで2週間ブランクがあったのでまだいたドイツ人のルームメート+2でトレドへ出かけ、筆者はその後氷点下のフィンランドへ飛びました。留学中で最も冷える旅でした(笑)その翌月はなんとチュニジアでアフリカ大陸デビューです(笑)。

 ともあれ、後期の授業は始まり、ドイツ人のルームメートともお別れです。これもつらかったのですがそれ以上に後期の科目は分類を中心としているので覚えるのが苦手な筆者には悲鳴どころではありませんでした。幸いなことにスペイン語力は徐々に伸びており、以前よりは授業についていけるようになりました。実習は気温12度のときに水温15度の波をかぶって翌日風邪になるということもありましたが実験(分類)は夜11時までなかなか終わらないのでそれが一番疲れました。

 人脈が本格的に広がりだしたのはここからです。新しくアルゼンチン人がルームメートになり、筆者が以前使っていた英語の出番は徐々に減りました。彼はよく友人を家に招いていたこともあって南米からの留学生を中心に仲良くしてもらいました。また、これまで接触を避けていた日本人とも接するようになり、日本人と日本語を学ぶ学生との交流会には欠かさず参加してました。ここで図らずも前期で同じ授業をとっていた学生と仲良くなったのは今でも忘れられないエピソードです。パーティーも多くは我が家ですることが増えたので常に出会いは多かったですし、留学後半でもこのような感じで続きました。そして気が付けば留学前半のようにルームメートと一緒にハイキングに行ったり旅行したりという展開になってました。家族が一人増えたかのようでしたね。3月には彼とスペイン3大祭りのひとつであるバレンシアの火祭りで思いっきりはしゃいで燃え尽きました(笑)。(アリカンテでも6月にアリカンテ版の火祭りがあります!)余談ですがハイキングのあとのビールは美味しいです(笑)。

火祭りの目玉のひとつである人形

人形の末路、こうして燃やされる。

イースター休暇

 火祭りで燃え尽き、3月末の休暇前日の授業では50人いるはずの授業に先生と筆者含め何と5人しか出席しなかったという衝撃的な展開を見た翌日は風邪を引いたままチェコへ飛び、そこからクリスマス休暇のようにハンガリーの親戚のもとに向かいました。ハンガリーについてから1週間は発熱してましたね。この後は親戚の家で家事を手伝いつつハンガリー国内をじっくり周り、当初予定に入っていなかったトルコ寄り道を経てアリカンテに戻りました。なお、ハンガリーのイースターは強烈なもので、女性は全力で水をかけられるという伝統があります。私はかける側だったので思いっきり水をかけさせていただきました。

留学後半

 4月に入ってイースター休暇が終わってアリカンテに戻ると新たにイラン人のルームメートが加わりました(かなりの人見知りでなじませるのは大変でした)。ここからが大変で、第1次中間試験、グループプロジェクト、第2次中間試験、院試の準備、期末試験とイベントが目白押しでした。特に試験については中間試験では点数が全く伸びなくてまた単位を落とすのではないかと期末試験が終わるまでまともに寝ることもできませんでした。グループプロジェクトのプレゼンについては自分のまとめた項については好評価をいただいたものの総合的にはタイムオーバーしたのが痛かったです。さらに期末試験が当初の6月上旬から5月末に前倒しされたのでなおさらスコアをとれる気がしませんでした。それでも終わってみればギリギリセーフでしたがそれを知ったのは6月のことでした。

 学外では学生団体主催の日帰りツアーに参加してみたりしてました。おかげさまでスペインに来て滝に打たれるとは夢にも思いませんでしたね(笑)。Font d’Algarです。いいところですよぉ♪単独行ではアクセスが面倒なところはだいたいこのツアーを使って行ってました。そういえばアルゼンチン人のルームメートもいつも一緒でしたがイラン人の方はというとあまり気が乗らなかったみたいだったのでそれは尊重しました。

Font de l’Algar、ここで滝に打たれた。

その後

 授業が終わり、学期も終わったので別のことをする時間もできました。6月はと言うと市場で魚の種類と価格の関係を調べたりアリカンテの沖合にあるヌエバタバルカ島の海洋保護区で潜ってみたりと色々と調べ事をしてみました。アリカンテにほど近いサンタポーラ漁港の競り見学にも行ったのですがなんらかのツアーに申し込んでいないと行けない点に注意です。余談ですがサンタポーラにはフラミンゴが年中うろついてます。そういえば競りを見学した日はワールドカップで日本がコロンビアを倒した日で、サンタポーラのバーで祝福されちゃいました。この日から試合はバーかパブリックビューイングでみてました。TOEFLを受けるためだけに首都マドリードに上るということもありましたがこの機会を使って初めてまともにマドリードを観光しました。なんだかんだで落ち着いた街なので気に入っています。6月末には気が付けば最後に家に残ったのは自分ひとりだけでした。

 7月は第1週に院試のため帰国した後とんぼ返りしてひたすら保護区で潜り続ける生活をしていました。海草の草原が広がるそれは素晴らしい場所なのですがダイバーがやがて多すぎになってこの草原が荒廃しないかが心配になりました。漁船が保安船に拿捕されている光景も気になりましたね。これを1か月近く観察したあと、スペイン北部、ポルトガル、チュニジア、トルコに寄り道し、最終的にやっと本帰国したのは8月中旬のことでした。

保護区に棲みつくハタ

保護区内の海草の草原

スペイン北西部のムール貝の養殖いかだ(一部ダイバーに開放されている)

 長くなりましたが終わってみれば最初から最後まで波乱万丈な留学だったと思います。到着は遅れ、盗難に遭い、交通事故にまきこまれ、単位を一科目こぼし、頻繁に遠くへ行き(しかもスペイン以外では9か国も行く羽目になりましたからね)、予期せぬ出会い、……..挙げればきりがありませんがどれも経験値をあげてくれるものばかりでした。留学は学生生活の中で最も棚からぼた餅が落ちるイベントではないかと思います。少なくとも筆者は常に棚から何らかの餅が落ちているような状態でなかなか予想できなかったです。中でもきわめつけは普段はパーティーそのものに拒絶していた筆者が家で誘致して料理をふるまって思いっきり楽しんでいたことと留学期間中に2回もヨーロッパを出たことですね(笑)。これまで知らなかった自分を見つけることができるのも留学です。留学を考えている皆さんは理由抜きでもいけばいいと思います。JASSOなど経済的な支援は整っていますからあとはここから先どのような自分に出会うことになるのかを楽しみにしていればいいのです。それこそ棚から落ちてきたぼた餅になるかもしれません。

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